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2005年12月16日 (金)

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今に始まったことではないが・・・

ここ数年の日本の動き、ちょっと危なくないだろうか?
映画。ちょっと古いが「宣戦布告」。原作の作家は嫌いではない。他の作品も含め、非常にリアルで一気に読ませるだけの緻密なストーリーだ。しかし、しかしである。映像にするにはあまりにリアルすぎる。日本のテロリスト対策の脆弱性に対して警鐘を鳴らすだけならば良いが、あの小説を全編映像化すれば、印象はそれだけに留まらないだろう。つまり「軍備強化」「シビリアン・コントロール」の否定・・・
「ローレライ」やまさに今週末に公開される「男たちのYAMATO」なども、いたずらに太平洋戦争を美化し歪んだ愛国心を醸成しかねない・・・というのは杞憂か?

報道。中国、韓国での激しい反日運動。連日報道されたあの映像を見て、怒りを感じない日本人はいないだろう。
「日の丸・君が代」に反対の自分ですら、日の丸を焼かれたら気分の良いものではない。
一連の靖国報道。中国・韓国の“内政干渉”、強硬姿勢。反発を感じるのが普通だ。
しかし本当にそうか?あの報道だけが全てなのか?  確かに両国の反日教育はすさまじいが、国内事情を含めた背景まで考え合わせると、また別の面も見えてくる。それらを総合的に中立の立場できちんと伝えるのが、マスコミの役目ではないのか?報道を制限(選択)することで、世論をある方向にもって行こうとしているなら、それこそ亡国の危機だ。

細木数子。バラエティ番組をはじめとして売れっ子の彼女だが・・・。彼女がある意味、売り物にしている若い女性たちへの小言の数々は、昭和初期までの古きニッポンの再来を望むものだ。曰く「女は男に尽くしてこそ幸福である」「女は家を守り、子供を育て、男を立ててこそ、女である」云々。
これって戦後徹底的に否定された考え方ではなかったか?その運動の先頭に立っていた女性たちはなぜ黙っているのか?彼女の思想は下手をすればかつての「銃後の守り」につながって行きはしないだろうか?

霞ヶ関に棲む、キャリアを含めた役人たちとのおよそ5年間の付き合いの中で感じたことは、彼らの思考回路と忍耐力は、我々一般人、凡人の想像をはるかに超えた遠大で緻密なものであり、なおかつその遂行に賭ける執着心は半端じゃないと言うことだ。

折りしも、犯罪被害者の実名報道を巡り、その最終判断を警察が行うという恐ろしい案がジャーナリストの反発を買っているが、これも報道による暴力という問題が言論統制の問題にすり替えられる危険性を孕んでいる。

そんなに目くじら立てなくても大丈夫だよ、という意見もあるだろうが、それこそが高級官僚たちの思う壺になることも忘れてはならないだろう。

何が本当なのか、見極めることは非常に難しい。その気になれば世論操作だってできてしまう。だからこそ戦争だけは絶対に避けなくてはいけないとの信念、そんな立派なものでなくても、何があっても戦争は嫌だ!と言い切れる軸はぶれないようにしなければ。
今のニッポンは本当にこわい・・・

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