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2006年9月

2006年9月28日 (木)

デジタル世界

先週の話になるが、自宅でメールチェックをしようとしたところ、何回やってもエラーとなった。

ブラウザも「サーバーが見つかりません」

ルータをチェックすると、接続時に点灯すべきインジケータランプが点いていない。

ルータの取説を引っ張り出してあれこれ調べたがわからない。止む無くNTTに電話。夜半にもかかわらず有人の対応だったことは驚きだったが、肝心の原因はNTT側(回線)にあったようだ。

翌日には復旧したのだが、たった一晩、メールチェックができなかっただけで、なんとなく落ち着かない気分になった。

仕事の場合はさらに深刻で、ネットワークがダウンしたら全く仕事ができなくなる。

トラブルがあると思い知るが、今の生活はネットワーク、PCに大きく依存している。

しかもその基盤は案外脆弱だったりする。

コンピューターとはちょっと違うが、きょう、JR京葉線が事故で全面運転休止。当然大混乱となり、余波は明日まで続く見込みだと言う。

原因は火災による電気系統の障害。どうやら制御盤がやられたらしいが、これもある意味コンピューターだ。

“デジタル・デバイド”なんて言葉があったが、人間本来の生活力や生命力といった側面から見ると、ひょっとすると「デバイド」されているのは、得意げにPCを操作している我々かもしれない。

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2006年9月25日 (月)

寄る年波

土曜日はいつものテニスだったが、人数も少なく、ムキになるテニスバカばかりだったせいもあって、かなり久しぶりのハードな練習をやった。

サービスライン付近に立ち、左右に出されるボールをひたすらボレーで返すと言うものだが、基本的に全部ローボレーなもんだから、そのきつさは半端じゃない。

最初は3分間という声もあったが、そりゃいくらなんでもきつすぎるだろうということで、2分間のタイムトライアルとなった。しかしこれでも相当なものだ。

きつくなって来ると、面がぶれる、目が離れる、体軸がぶれる・・・で結局イメージ通りに返らないということに。

何と言っても体軸がぶれることが最大の課題だろうが、これは筋力の低下が原因であることは間違いない。

テニスがもとで歩行に支障が出るなんて事は今までなかったが、昨日は歩き方もぎこちなくなるくらいだった。

ヤバイのは我が筋力。腹筋・背筋・上腕二頭筋はともかく、大体四頭筋は昔からちょっとばかり自信があったが、唯一の自信がもろくも吹っ飛んだ形だ。

これは何とかしないと。

皆においてかれるよ・・・

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2006年9月18日 (月)

沖縄より帰還(海)

沖縄旅行、海の話。

伊江島というとダイナミックな地形を連想してしまうが、それは島の北部・東部のポイントで、南部や西部は砂地の癒し系ポイントが多いらしい。

今回は風の関係で地形ポイントにはいけなかったが、まぁそれはたいしたことではない。

伊江島に行ってまで・・・と思わないわけではないが、結果的にはマクロ三昧となった。

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ガラスハゼは定番として、クリーニングシュリンプやバブルコーラルが比較的容易に見つけられ、かつ数も多いとなれば、それだけでウアハウハ状態だ(笑)
このほかハタタテシノビハゼやサラサエビなどなど。なかなか楽しく潜れた。

ただし利用したサービスはまたしてもハズレ。
伊江島で一番の老舗というから安心していたが、とんでもないサービスだった。

なので、2日目はサービスを急遽変更。リゾートホテル併設のところで潜ったのだが、これが正解。

初日のままだったら、ここはもう再訪することもないリストに加えていただろうが、辛うじて「再訪リスト」に残ったような感じだ。

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上の写真は妙に好きなタテジマキンチャクダイの若魚。

そして9/10の水納島の風景。
写真でもわかるように、天気が良かったこともあるが、「これ、本当に日本?」と言うくらい海がきれいで、海遊びにはこれ以上ないというコンディションだった。

そんな海を尻目に、予定を切り上げて本当に戻ってきたのである。

実は体調を崩した(涙)

どうもここのところ、初上陸の島で良いことがない。
サービスが最低だったり、天気が悪かったり、自分のコンディションがNGだったり・・・

ちなみに水納の宿は最低。サービスは良さそうなので、再訪するなら本当から日帰りか?もしくは宿をもう一つのところにするか?

いずれにしても、もう一回リベンジしなければ・・・

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2006年9月17日 (日)

沖縄より帰還(戦跡)

また10日間以上のブランクだ(笑)

また沖縄へ行っていた。12日に帰ってきたのだが、やはり仕事は溜まっていて、今週は暇無し。

那覇を発った時の気温は32℃、到着したら15℃。帰宅した後因果なことに出社、そのまま泊りがけの出張となった・・・

以来、体調は低調のまま。

さて、沖縄だが、今回は伊江島と水納島。潜ったことはあるが上陸したことがない2つの島。そして本島の南部戦跡をターゲットにしていた。

伊江島の風情は落ち着いたのどかな島、という印象だが、太平洋戦争で激戦地となっただけでなく、戦後も激烈な基地闘争の場となった地である。

だからこそ見ておきたい場所が、ここにはいくつもあった。

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戦没者の名前が刻まれた「芳魂の塔」、砲撃・銃弾の痕も生々しい「公益質屋跡」、千人を越す避難壕となった「ニャティヤ洞」、日本軍の爆雷によって村民約150名が自決した「アハシャガマ」・・・

今回は島の人からも話が聞けた。
島に残るガマのうちのいくつかは課外授業に利用されていると言う。
その反面、アハシャガマなどは、地元の人すらその場所を知らなかったりするらしい。

さらに今回は、今までなかなか行くチャンスのなかった本島南部を行程に組み入れた。

少なくとも摩文仁の丘だけはどうしても見ておきたいと思った。

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玉城村の糸数地区、美しくかなり大規模な「糸数城」がある。そしてそこからクルマでほどないところに「アブチラガマ」がある。

ここは珍しく公開されているが、中は本当に真っ暗。照明は皆無、見学時は懐中電灯を持って入る。全長300m弱の行程は、単独ではかなり勇気がいる。

糸満ではひめゆりではなく「白梅の塔」に行った。
石碑の裏手はお決まりの集団自決壕が暗い口をあけている。

女子学生の慰霊碑らしく置かれている人形や地蔵が、涙を誘う。

最後は摩文仁の丘。平和祈念公園。すっかり観光名所になっているが、平和の礎に刻まれた名前を見ると言葉を失う。

どんなことがあっても忘れてはならない史実。平和祈念公園で意外にも若年層が多かったことに多少救われる想い。

所詮自分も観光客に過ぎないが、一つでも多くの戦跡、それも「名所」になっていない所を訪問していくつもりだ。

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2006年9月 3日 (日)

バレー

ここのところバレーボールの中継をよく見ている。
イタリア、ブラジルといった世界の強豪にはまだまだ追いついていない感じがするが、それでも全日本の選手の名前に馴染みがあるせいか、TV観戦しながらけっこう熱くなっている(笑)

バレーについてはズブの素人だが、それでも竹下佳江や高橋みゆきの凄さはわかる。

竹下の職人芸、高橋の勝負強さ。体格的に決して恵まれていないのにそれを言い訳にしていない強さを感じる。

木村の伸び伸びとしたプレイも、杉山のテクニックも、出番は少ないが小山の思い切りのよさも、見ていて小気味が良い。

彼女たちの目つき、面構えは 実にイイ。

しかし一つだけわからないことがある。それは大山の存在だ。

あの思い切りの悪さは、サッカーで言うなら柳沢。GKと1対1になってもなおラストパスを出すFW。決定的瞬間を逃しても薄ら笑いを浮かべる無神経さ。

大山のスパイクは見ていても決まる気がしないし、あの弛緩した体はアスリートのものではない。何よりあの面構えはいただけない。

なのになぜ起用し続けるのか?

他の選手のあの気迫の中で、彼女だけが何のオーラも出していない。

チームメイトに失礼ではないか?彼女自身のためにも外してやった方が良いのでは?

そんな風に思うのは私だけか?

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2006年9月 2日 (土)

えーちゃん

「えーちゃん」と言ってもジャズマンの方だ。

北村英治

私の永遠のアイドル、ジャズクラリネット奏者。

Ticket

今夜はその北村英治さんのコンサートが隣町であった。

生を聴くのは多分26年ぶり。いそいそと出かける。


およそ四半世紀ぶりにみる北村さんは、御年77歳でありながら元気そのもの。

その演奏も、以前と変わらず小粋なスウィングでゴキゲン。
嬉しくて嬉しくて、涙が出るほど。


26年前、コンサート終了後、若気の至りの怖いもの知らずで楽屋まで押しかけていった。
楽器の手入れをしながら、嫌な顔もせずにサインをしてくれ、「楽しんでもらえたかな?」などと声をかけてくれたことを思い出す。
ずうずうしい若造に対しても実に優しさ溢れる応対だった。

音楽は人柄を反映する。

今夜の演奏も、優しくて、ハッピーで、小気味よくスウィング。

ふと、やはり学生時代に行った故カウント・ベイシーのコンサートを思い出してしまった。

音楽以前に、ステージに人柄を滲み出させてしまうなんて、やはり巨人だ。
私の中では、北村英治さんは既にベニー・グッドマンを越えている。

さて、濃密な時間を過ごした後、実は楽屋に行くか行くまいか迷った。「もう一度身近で会いたい」という想いは、初めてでないだけに余計強かったが、こちらも年を取った分、余計な分別がついてしまったことも事実だ。

もし万が一会うことができたら写真を撮りたいと思って、カメラまで持参していたのだが・・・(笑)

疲れているところに、こちらの一方的な思い込みだけで押しかけるのはいかがなものか?

結局、楽屋には行かなかった。でも、帰りの道中はすこぶるハッピー。

今夜は北村英治さんのCDを聴いて余韻に浸ろう。

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