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2006年9月17日 (日)

沖縄より帰還(戦跡)

また10日間以上のブランクだ(笑)

また沖縄へ行っていた。12日に帰ってきたのだが、やはり仕事は溜まっていて、今週は暇無し。

那覇を発った時の気温は32℃、到着したら15℃。帰宅した後因果なことに出社、そのまま泊りがけの出張となった・・・

以来、体調は低調のまま。

さて、沖縄だが、今回は伊江島と水納島。潜ったことはあるが上陸したことがない2つの島。そして本島の南部戦跡をターゲットにしていた。

伊江島の風情は落ち着いたのどかな島、という印象だが、太平洋戦争で激戦地となっただけでなく、戦後も激烈な基地闘争の場となった地である。

だからこそ見ておきたい場所が、ここにはいくつもあった。

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戦没者の名前が刻まれた「芳魂の塔」、砲撃・銃弾の痕も生々しい「公益質屋跡」、千人を越す避難壕となった「ニャティヤ洞」、日本軍の爆雷によって村民約150名が自決した「アハシャガマ」・・・

今回は島の人からも話が聞けた。
島に残るガマのうちのいくつかは課外授業に利用されていると言う。
その反面、アハシャガマなどは、地元の人すらその場所を知らなかったりするらしい。

さらに今回は、今までなかなか行くチャンスのなかった本島南部を行程に組み入れた。

少なくとも摩文仁の丘だけはどうしても見ておきたいと思った。

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玉城村の糸数地区、美しくかなり大規模な「糸数城」がある。そしてそこからクルマでほどないところに「アブチラガマ」がある。

ここは珍しく公開されているが、中は本当に真っ暗。照明は皆無、見学時は懐中電灯を持って入る。全長300m弱の行程は、単独ではかなり勇気がいる。

糸満ではひめゆりではなく「白梅の塔」に行った。
石碑の裏手はお決まりの集団自決壕が暗い口をあけている。

女子学生の慰霊碑らしく置かれている人形や地蔵が、涙を誘う。

最後は摩文仁の丘。平和祈念公園。すっかり観光名所になっているが、平和の礎に刻まれた名前を見ると言葉を失う。

どんなことがあっても忘れてはならない史実。平和祈念公園で意外にも若年層が多かったことに多少救われる想い。

所詮自分も観光客に過ぎないが、一つでも多くの戦跡、それも「名所」になっていない所を訪問していくつもりだ。

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