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2008年10月

2008年10月26日 (日)

こんなものが・・・

義母の他界がきっかけで、押入れやら引き出しやらを整理することになった。

古い家だから、昭和初期のレトロな写真(当たり前の話、撮影当時はレトロでもなんでもないわけだが)がわらわらと出て来た。

文字通り“セピア色”に変色した写真は、被写体になっている風景や人物の様子と相まって、まるで映画の1シーンのようだ。

Bill01 そんな中、引き出しの奥の方から発掘されたものがコレ。

なんと戦時中の国債である。発行は「大日本帝国政府」となっている。

Bill02 これは支那事変に合わせて昭和13年に発行されたもの。
「元金は昭和30年12月迄に償還」すると書いてある。
「第一回」とあるから、この後も何回か発行されたのだろう。

Bill03 こちらは「戦時報国債券」とある。昭和17年2月、日本勧業銀行の発行。
赤いミサイルに「大東亜戦争」と書かれているのが何故か悲しい。Bill04_2

時の政府はこうやって市井から金を集めたのだ、と再認識。

実はこのほかにも3種類ほどの戦時債券が出て来た。
しかしよくぞ当時のまま保管してあったものだ。
配偶者も義弟も初めて見たということは、40年以上も引き出しの奥で眠っていたことになる。

義母の死で、図らずもタイムスリップしたひとときだった。

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2008年10月20日 (月)

生きるということ

日曜日の外出先で義母の訃報に接した

新幹線とタクシーを乗り継いで、搬送された病院に到着したのは夜10時

義母は既に他界した後だった

義父の悲嘆は声をかけるのも憚れるほど

昔、伊丹十三監督の「お葬式」という映画があった

本来は悲しい儀式であるにも関わらず、実際は煩わしい世事で悲しむ暇もないという皮肉な現実を描いたものだったが

現実の世界は正に映画の通り

悲しんでばかりもいられない手続きが山ほどあり、通夜の前の近親者、近所の人たちの来訪とその応対・・・

田舎のことゆえ、親戚が近いところにいて何かと助けになってくれるありがたさもあり

反面、そっとしておいて欲しい部分も、当事者の知らないところで雄弁に“解説”されたりしていて

近所づきあいの濃さの“諸刃”ぶりを感じずにはいられない

このドタバタは今週いっぱい続くだろう

問題はその後、一段落してからだ

これで義父は一人きりになる

近所の目、親戚の手があるとは言え、独居となることには変わりない

最も大きな傷を負ったのは義父だが、

私の配偶者、義弟も、決して小さくない傷を負った

彼らに最も近い存在である私と義弟の配偶者も小さくない影響を受ける

遺された家族とその家族

悲しみの連鎖

それでもお互いにケアして生きていかなければならない

近しい人の訃報に接することが多くなったこの頃

これまでで一番近い人を失って

生きることの重さを改めて感じている

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2008年10月17日 (金)

屋久島が危ない

屋久島の自然が危ないらしい

原因はご多聞に漏れず、どっと押し寄せた観光客
昨年の来島者は実に30万人

人間はただでさえ環境にインパクトを与える存在
それが一挙に30万人も押し寄せれば、どんな結果が待っているかは自明だ

深刻なのは排泄物の処理だと言う

縄文杉がある場所までは、そこそこの登山道
それが平日ですら蟻の行列のような状態なのだというから
その光景を想像しただけでもゾッとする

この時点で、“屋久島”のイメージ、“縄文杉”のイメージは崩壊していると思うが、どうだろう?

当然トイレのキャパシティと利用者数のバランスが崩れる
観光客が少なかった頃はそれでも間に合っていたらしいが、
年々増加の一途を辿る観光客に、遂にパンク

今や周囲に埋めることもできず、5時間かけて人力で“下山”させていると言う

イイ気になってお手軽に入山している連中
自分の排泄物を島人が担いで降ろしているこの事実をどう受け止めるのか?

行政の対応も後手後手
にわかに増えた観光収入に目がくらみ、思い切った対策が打てない

登山道を整備すれば、トイレも汚水処理施設も整備すれば
能天気な物見遊山の連中が増えるだけ

これでは金がいくらあっても足りない

もう見えている
答えは一つしかない

入山制限

尾瀬、宮島、苔寺の如く、入口を絞るしかない

そして「入島税」

それでも行きたい
そう思う人だけが行けばよい

それが嫌なら、TVで我慢すればいいのだ

そもそもいたずらに、興味本位で、
キレイごとだけを並べて宣伝したマスメディアの罪は大きい

西表もこうならなければ良いが・・・

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2008年10月16日 (木)

コツコツ、黙々

会社からの帰り道によく会うオジサンがいる。

近所の公園を7時半ごろ通ると、ほぼ確実に出会える人だ。

黙々とジョギング。

しかし決して「市民ランナー」ではない。なぜならウエアが私と同類のテニス用アップの上下、フォームもお世辞にもキレイではない、何よりそのスピードがすこぶる遅い。

多摩川の土手などに行くと、その出で立ちから周囲を圧倒するような本格ランナーがわんさといて、それこそ凄いスピードで走っている。

そんな光景から比べると、そのオジサンの姿は好対照である。

でもこれはこれでスゴイ。

同じ時間帯に通ればほぼ100%の確率で会えるということは、ほぼ毎日走っていると言うことだろう。
出で立ちから想像するに、きっとテニスのために走っているのだと思う。
とことんマイペースで、かと言ってダラダラというわけではなく、実にストイックに体力維持に努めているように見える。

走りながらまだまだ周囲の“目”を気にしてしまう自分。
速く、とか、カッコよく、とか・・・

まだまだ修行が足りない。

走るために走っているのではない。
テニスのため、テニスを長く続けるため、楽しむために走るのだ。
だからカッコ悪くても、カメのように遅くても良いのだ。

体力維持、走力維持。

こんな“コツコツ努力”で、70歳までテニスができればしめたもの。

そんなことを思いながら、きょうも走った。

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2008年10月13日 (月)

シネマ評~明日への遺言~

重い作品である。

案の定、上映劇場も少なく、上映期間も短かった。
観たくても劇場が遠く、もたついている間に終わってしまった作品だ。

あの大戦から数十年経過してようやく、裁判の公正性が議論され始めた戦争裁判がテーマである。
それも何かと取り沙汰されることの多い東京裁判ではなく、横浜において行われた岡田資元陸軍中将の裁判というのも、原作者のこだわりを感じる。

彼は中部地区司令官として、戦争末期の名古屋地区への空襲を行った後、捕虜となった米軍搭乗員38名を「無差別爆撃を行った戦争犯罪人」として処刑した。

この行為が指弾されたのであるが、彼は国際法に則った「処罰」であると徹底抗戦し、かつ直接手を下した部下を徹底的にかばった。

岡田中将やこの裁判のことは下記に詳しい。http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog522.html

さて、物語は派手な演出も特殊効果もなく、実に淡々と進んで行く。
刺激満載の現在の映画の中にあって、物足りないくらいの静寂さだ。
しかしそれゆえに、セリフのひとつひとつが重く、ずっしりとした見応え感がある。

戦争とは何か?ではなく、あの太平洋戦争とは何だったのか?その後に行われた連合国による戦争裁判とは何だったのか?

そんなことに思いを馳せずにはいられない作品である。

じっくりと凝視して観る作品。秀逸である。

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2008年10月12日 (日)

r u n

この3連休はテニスなし。どうにもカラダが気持ちが悪く、考えてみればここのところ帰宅も遅かったし、休日も用事があったり雨だったりで、ウォ-キングすらしていない。

右ひざ靭帯を傷めてから、それまで週2~3回ペースでやっていたジョギングを止めて、ウォーキングに切り替えたのはいいが、負荷がかかるまでに時間がかかることもあって、平日は不可能。週末に60分ほど歩くと言う程度。

どうにも物足りない。それもそのはず、テニスよりも負荷が軽ければ、怪我予防の意味すらない。

そんな事情も重なって、きょう突然思い立って、真昼間に軽く走った。

案の上、直後にノドの乾きを覚え、大腿二頭筋、前脛骨筋に一気に負荷が来た。
テニスは瞬間的な動きが多いので、負荷を感じる前に動作が終わってしまう。
反面、ジョギングなどは連続的・直線的な負荷運動なので、弱っている部位が一発でわかってしまう。
テニスコートに入ってしまうとなかなかはっきりわからない弱点も、違う運動をすることでハッキリするわけだ。

やはり(当たり前だが)ウォーキング程度じゃ何の意味もない(今のところ)。

軽く40分ほど走っただけだが、“走る”ことの重要さを改めて認識した。

ジョギング再開である。
速く走ることは無理だが、コツコツと継続して行こう。

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毎朝、起床直後にがじゅまるとバジルと豆に水をやる。
既に儀式化したこの朝の水やり、今朝もいつもどおり。

ふと気付くと、満開状態のバジルの小さな花に、これまた小さな蜂が・・・

Bee01

ふと気付くと、満開状態のバジルの小さな花に、これまた小さな蜂が・・・

Bee02

ちょっと面白くて写真を撮ってみた。

Bee03

口吻を伸ばして蜜を吸っている様子がばっちり。

ちょっとした“マクロの世界”

Bean03 おまけ。豆もこんなに大きく成長。

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2008年10月11日 (土)

シネマ評~アイ・アム・レジェンド~

これも、観たかったのに結局劇場には行けず終いだった作品。

予告編で流されていたシーン、サバンナのようになったニューヨーク、人間が一人もいない街路を主人公ウィル・スミスがクルマを走らせるというシーン。

なぜこんなことに?・・・という最初の疑問は冒頭で明らかにされる。

そして昼と夜が対照的に描かれるが、この秘密も突然明かされる。

特撮は相変わらずさすがの出来、非常に良くできている。
ストーリーもなかなか興味深い。

しかし残念なのがラスト。
やや安易・・・
正直、「おいおい」という感じ。

全体的に良く出来ているし、飽きない作品ではあるのだが、
半年もすれば、思い出すこともなくなる作品だろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
巨星堕つ

緒形拳が他界した。
そういえば、あのポール・ニューマンがこの世を去ったのもつい最近のことだ。
日米の巨星が立て続けに亡くなったことになる。

この二人の作品を好んで観たわけではないが、それでも好きな俳優だった。

緒形拳で印象に残っているのは、岩下志麻、小川真由美と共演した『鬼畜』。
原作は言わずと知れた松本清張だが、数多ある彼の作品の中でも、これぞ“清張ワールド”と呼べる代表作だと思う。
とにかく怖いのだ。無駄な表現が一切なく、読み手の想像力をかき立てる巧さ、それゆえの怖さがにじみ出る。

こんな難しい作品を、よくぞ映画化したものだと思うが、映画の方も小説に引けをとらない傑作だと思う。
監督と脚本の秀逸さはもちろんだが、緒形拳と岩下志麻の鬼気迫る演技がそれを支えていたのは間違いないだろう。

P.ニューマンは何と言っても『ハスラー』。
実はあの有名は『明日に向かって撃て』は観たことがない。R.レッドフォードが嫌いだからだ(笑)
ボクサー役もあったように思うが、さてあれはなんという映画だったか・・・
彼は映画だけでなく、リベラルな市民としても有名だった。有名人だっただけに、政治家からは必ずしも歓迎されてはいなかったようだ。民主党だったか共和党だったか、とにかく「敵対者リスト」に名を連ねていたこともあったらしい。

そんな“もうひとつの顔”を除いても、同性から見ても“カッコイイ男”だった。

時代は変わるし、世代も交代する。
それにしても、惜しい・・・

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2008年10月 8日 (水)

地球温暖化、コンビニ規制

今年の夏の話題だから、「ニュース」とは言えないが、、、

コンビニの深夜営業を規制する動き。

当然その背景は「地球温暖化対策」である。
東京・神奈川をはじめ、14都道府県と7政令都市が深夜営業規制を検討中、もしくは検討予定だと言う。

既に埼玉県がコンビニに24時間営業の自粛要請を表明した。

効果の根拠となっているのは、コンビニの94.4%が24時間営業という数値だが、この高い数値は驚きである。

その後、この動向はどうなったのだろう?続報がないから判断のしようがない・・・

この動きに、コンビニ業界は当然猛反発。
24時間営業は生活者のライフスタイルに対応した結果だ、と。
また、防犯上の効能も協調している。

彼らの言い分(反論)では、23時~7時の営業を規制したところで、温室効果ガスの削減は0.009%にとどまるという。

この業界試算は、単にその店舗で消費される電力をもとに計算したのじゃないだろうか?
営業しなければ、商品の補充も不要になるわけで、当然配送回数も減り、ガソリン・軽油の消費量の削減や配送車の排気ガスも削減できるわけだが、このあたりの数値は勘案されているのだろうか?

その直接的な効果はともかく、今の当たり前の生活をあえて不便にする(と言っても、20年前に戻るだけだ)ことで気づくこともあるんじゃないかと思う。
実際、夜11時過ぎに営業している必然性は「ない」とは言わないが、「must」じゃないだろう。
なければないで、人間、対処法を考えるものだ。

業界側の主張である「生活者のライフスタイルに対応した結果」というのは反対の根拠にはならない。なぜなら、地球温暖化対策上はそのライフスタイルを変えていくことが求められるからだ。

また、防犯上の理由を業界側は訴えるが、一理あるとは言え、そこにチーマーのような連中がたむろして逆に不安を覚える向きもある。いわば“両刃の刃”だ。

一度、この便利な生活環境を捨ててみるのも悪くないと思うのだが・・・

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2008年10月 7日 (火)

まぬけなファッション

随分前から気になっていたことだが・・・

Gパンやスパッツの上から、中途半端な丈のスカートを穿くという、あの珍妙なスタイルは一体誰が始めたのだろう?

記憶にある限りでは、最初に目にしたのがツッパリの女子高生
見るからに自制心のなさそうな輩が、制服のスカートの下にだらしなくジャージを穿いていた
これなら安心して脚を広げられる、道端でウンコ座りもできると言うわけだ

なんてみっともない格好だろう
美的要素のかけらもないスタイルだ

そんなことを思った

しかしふと気がつくと、この世にも珍妙なスタイルはその後も繁殖を続け、いつの間にやらそれなりに市民権を得てしまったようだ

今ではジョギングの時ですら、まったく意味のないこのスタイルで走っている輩がいるのには、呆れてモノも言えない

どんな美的感覚があると、あんな格好が出来るのだろうか?

日本人の審美眼はここまで地に堕ちたか・・・

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2008年10月 6日 (月)

転向

昨夜の「世界柔道国別対抗戦」のこと。

男子は井上も鈴木も引退、泉、内柴も欠場。
エースと呼べる選手がおらず、小野は相変わらず大一番に弱い。
もとより私は、石井などはエースと思っていないし、
唯一の期待、棟田もなぜか精彩を欠いて連敗。

まったく勝てる気がしない試合で無残な5位。

一方、女子は相変わらず元気で、特に軽量級の山岸、福見、中村は小気味の良い柔道を見せてくれた。
この階級もいよいよ世代交代を感じさせる健闘ぶり。

そして見事に優勝。決勝戦も強豪フランスを相手に、まったく危な気がなかったのは見事。

さて、そんな状況の中で、あの石井が格闘技へ転身するという情報が流れ、彼自身がはっきり否定したはずだったが、きょうになって正式に転向表明だと!?

何か勘違いしているあの愚者が、誰かの口車に乗せられたのだろう。

まぁ、好きにすればいい。

面白いことに、柔道連盟も引き止めなかったことだ。
あの斎藤仁も「最後は本人の意志であって、他人がとやかく言うものでもない」といたって冷淡。

監督任期も今期限りだから?

いやいや、それだけじゃなかろう。

連盟も、石井の放言癖には相当手を焼いていたらしいから、厄介払いできたと感じているのかもしれない。

まぁ、どうでもいいことだが、どうでもよくないのが男子柔道だ。

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2008年10月 5日 (日)

一週間が早い

世間の動きもなんだかめまぐるしい

先週も実に様々なことがあった

会社や地域という、自分の身の周りで起こっている事

社会で起こっている事

これらをじっと見つめていると、

沖縄移住の夢が遠のいて行くような気がする

リスクが大きすぎると言うわけだ

そもそも中途半端にするつもりは毛頭ないが、

こうなったら今おかれている境遇を

目いっぱいやりきるしかないか・・・

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