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2008年10月20日 (月)

生きるということ

日曜日の外出先で義母の訃報に接した

新幹線とタクシーを乗り継いで、搬送された病院に到着したのは夜10時

義母は既に他界した後だった

義父の悲嘆は声をかけるのも憚れるほど

昔、伊丹十三監督の「お葬式」という映画があった

本来は悲しい儀式であるにも関わらず、実際は煩わしい世事で悲しむ暇もないという皮肉な現実を描いたものだったが

現実の世界は正に映画の通り

悲しんでばかりもいられない手続きが山ほどあり、通夜の前の近親者、近所の人たちの来訪とその応対・・・

田舎のことゆえ、親戚が近いところにいて何かと助けになってくれるありがたさもあり

反面、そっとしておいて欲しい部分も、当事者の知らないところで雄弁に“解説”されたりしていて

近所づきあいの濃さの“諸刃”ぶりを感じずにはいられない

このドタバタは今週いっぱい続くだろう

問題はその後、一段落してからだ

これで義父は一人きりになる

近所の目、親戚の手があるとは言え、独居となることには変わりない

最も大きな傷を負ったのは義父だが、

私の配偶者、義弟も、決して小さくない傷を負った

彼らに最も近い存在である私と義弟の配偶者も小さくない影響を受ける

遺された家族とその家族

悲しみの連鎖

それでもお互いにケアして生きていかなければならない

近しい人の訃報に接することが多くなったこの頃

これまでで一番近い人を失って

生きることの重さを改めて感じている

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