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2011年10月21日 (金)

夏をあきらめて

もうかつての暑さもなく、すっかり秋の気配だが、今年の夏を振り返ると、あまりの酷暑に・・・と言っても、昨年に比べればまだよかったのかも。
それでも昔の夏とは比べものにならない暑さに、今年はとうとう自分の中のタブーを破った。

それは、、、半袖Yシャツ

そもそもこれまでは、どんな夏でも上着着用を前提にしていたから、汗でスーツの生地を傷めることになる半袖シャツは、自分の中ではタブーだった。
それに、半袖シャツにネクタイと言う姿は、ビジネスシーンとしてどこか間の抜けた印象が拭えない。

そんなわけで、社会人になってから、一度も半袖シャツを着たことがなかったのである。
今まではどんなに暑くても、かなり無理して(意地を張って)長袖を着続けていたのだ。

ところが、クールビズが定着し、ノータイが普通になってくると、逆に長袖シャツにノータイというスタイルが奇異なものに見えてくる。しかもそれで袖をまくっていたりしたら、こっちの方が間が抜けているように見えるから不思議だ。

しかも昨年・今年の暑さに耐えるだけの辛抱強さも薄れてきて、とうとう今年は半袖シャツを買ってしまったというわけだ。

当たり前だが、これが滅法楽チン。
長袖を捲り上げるよりも格段に楽。

省エネの風潮の中では合理的ともいえるのだが、しかしこれが本当に良いかどうか、判断は別の次元にあるような気がする。

スーツをきちんと着用すると言うことは、ある程度の緊張感(良い意味での)が伴うものだし、仕事をする上ではやはり「正装」で臨むこと自体に意味もあるだろう。
クールビスで仕事がおろそかになると言うことはないが、どこかしら緊張感が欠けると言うか、ピリッとしない印象があるのだ。

何より、個人的には長袖から半袖に切替えることで、今まで踏ん張ってきたものが一気に噴出した感があり、後戻りができなくなった。
試しに1枚、というつもりが結局4枚。これで真夏の時期、長袖シャツに袖を通すことはなかった。
一回楽をしてしまうと、もう戻れない。

結局これはシャツだけの話にとどまらず、上着も着ないのならスーツである必然性もないと、夏用の薄手のスラックスを数本調達して、「半そでシャツにスラックス」という組み合わせで大半を過ごすことになった。
この勢いでは、来年は夏用のスーツはほとんど着なくなるのではないかと思う。

楽だったら何をしてもいいのか?と問われれば、「否」である。・・・というのがこれまでの、少なくともビジネス用の服装における持論だった。
この理屈で、ショルダーバッグも排して来たし、リュック型バッグも徹底的に忌避してきた。シューズもウォーキング用の軽くて通気性の高いものではなく、頑なに革靴で通してきた。

しかし、ここまで気候が変化し環境が変わると、この持論もはなはだ怪しくなってしまった。
半袖シャツに切替えることは、宗旨替えと言ってもよいくらいのインパクト。
暑さの前にポリシーも吹っ飛ぶ・・・そんな感じである。

夏が過ぎ朝晩がひんやりしてきたこの頃、再びスーツにネクタイと言うスタイルに戻る時期になって、どこかでホッとしている自分がいる。

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