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2012年5月

2012年5月21日 (月)

Robin Gibb他界 ~Bee Gees~

最近は本当に大物の訃報が多い。

きょうはあの「ビージーズ」のロビン・ギブ死去の報。

大腸と肝臓の癌を患っていたという。

BeeGeesは言わずと知れたBarry、Robin、Mauriceの“ギブ3兄弟”。2003年にモーリス氏が他界して活動は休止していたという。
今回のロビン氏の他界で、長兄のバリー氏だけになってしまった。

そのBeeGeesは何と言っても『Saturday Night Fever』。
それ以前からのファンに言わせれば、彼らの魅力はDisco Musicではないとの意見もあるだろうが、彼らを超メジャーにしたのは間違いなくこの映画だ。

とにかくあの映画の熱狂振りは凄かった。
ジョン・トラボルタが一躍有名になったのもこの映画のおかげ。

でも、ここでのダンスは、SoulTrainとは対極にある。
同じ“Disco”と括れないくらいの違いだ。

個人的にはSoul Trainのダンスの方が好き、、、とは言いながら、このサウンドトラック盤は購入してから何回聴いたかわからない。

久しぶりにまた聴きたくなってきた。

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朝から天文ショー

きょうは言わずと知れた金環日食

朝からニュースはこのことで持ちきり

出勤前、自宅ベランダから空を見上げると、まさに現在進行形

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2012/05/21 7:36

天文の話題には今ひとつ食指が動かないため専用のメガネも用意していなかったが、ちょうど良い塩梅に雲がかかって、カメラを向けるぶんにはまぶしくない。

ならば、という事で数枚の写真を撮ってみた。

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2012/05/21 7:42

太陽めがけてレンズを向けたことがないので、ピントが合うか自信がなかったが、やってみればそれなりに撮れた。

まぁ、面白い自然現象だ。

我が職場も天文好きはいなかったようで、至って普通の朝だった・・・

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2012年5月18日 (金)

Donna Summer

ドナ・サマーが他界した。

肺癌との情報もあるが、真相はどうなのだろうか?。

ドナ・サマーといえば“ディスコの女王”などと呼ばれていて、Bad GirlやHot Stuffは当時のディスコの定番だった。

正に、“一世を風靡”したという表現がピッタリの活躍だった。

日本で注目を浴びたのは、“Love To Love You Baby”、邦題は「愛の誘惑」という泣ける題名だった。歌詞らしい歌詞がなく、やたら「スーハー」もだえてるだけの奇妙な歌(?)だ。これが1975年のことだから、今から37年も前のことである。

翌年、“Could It Be Magic” 「恋はマジック」をリリースするが、これはBarry Manilowのオリジナルを聴いていた身には衝撃だった。この曲がDiscoになってしまうのか?と。

とにかくグラミー賞を5回も受賞した歌手だから、ヒット曲は枚挙に暇がないが、78年~79年はとにかく凄かった。

ドナ・サマーをプロデュースしたジョルジオ・モロダーの存在なくして語れないのだが・・・

●1978年
Last Dance
MacArthur Park ~ Heaven Knows
●1979年
Hot Stuff
Bad Girls
Dim All The Lights
No More Tears (Enough Is Enough)
On The Radio

“MacArthur Park ~ Heaven Knows” は マッカーサーパークがDiscoになってしまう驚きもさることながら、今で言うRemixで2つの楽曲が連続しているという斬新な構成だった。

また、“No More Tears (Enough Is Enough)”は、なんとあのBarbra Streisandとのデュエットである。当時はシングルに収まりきれず、『12インチシングル』と呼ばれる、LPサイズ(12インチ)でありながら45回転のレコードで発売されたことを鮮明に覚えている。

今の、マキシ・シングルのはしりだろう。

その後はDiscoもユーロに変わっていって、ドナ・サマーの曲も聴く機会が減っていったが、83年の“She Works Hard For The Money”はかなり好きだった。

ドン・コーネリアスも他界し、先日はホイットニー・ヒューストンもこの世を去った。

Hip-Hopでないブラック・ミュージックの火が消えて行く様で淋しい限りだ。

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2012年5月15日 (火)

40周年

きょうは6月23日とともに忘れられない日だ

「沖縄 本土復帰の日」

沖縄に通い始めてまだ12年だが、
美しい海だけでなく、
その特色ある文化や
壮絶な歴史にも
自分なりに目を向けてきたつもりだ

ここ5年ほどは
沖縄に行くたびに
史跡や戦跡を訪ねてきた
中には、地元の人すら知らない戦跡もあった

美しい海の影で
依然として続く基地問題、
それに依存せざるを得ない経済と雇用

この40年間、基地と観光と公共事業以外の
めぼしい産業が育ってこなかった事実

沖縄県民の努力も必要だが、
補助金漬けにする政府の愚策も指弾されるべきだろう
多額の補助金が交付されてきた構図は
今日問題が浮き彫りになった原発立地自治体の抱える問題とだぶる

本土にいる我々ができることはなんだろうか?

より多くの人が沖縄に目を向け、
その問題の本質を正しく認識することを望んで止まない

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2012年5月14日 (月)

Carlton-N 再びパンク!

Img_4016_1 きょう(5/13)、朝から天気も良く、特段のヨウジもなかったので、久しぶりに自転車!

と言ってもスタートが遅かったので遠出とは行かず、いつもの多摩サイをのんびりと。

武蔵小杉まで行ってUターン。JRの駅付近を走っていたら、突如相方が「あ~っ」

何事かと思って自転車を止め近づいてみると、相方のCarlton-Nの前輪がパンク。

これで2度目である。

Img_4017_1_2 前回は多摩サイ走行中だったが、幸い偶然にも近所の商店街の中に自転車屋を見つけ、すぐに修理できたのだが、今回は探し当てた自転車屋が休業。

不案内な土地をウロウロしても始まらないので、そこから自宅近所の自転車屋まで押し歩き・・・

実に3km近くを自転車を押して歩く羽目となった。

うちの相方は昔からよく自転車を壊した。

以前よくあったのは、駐輪場に停めておいて倒されるというパターン。

現在乗っているManhattanもチェーンを外すこと数回。

そして今度はCarltonでパンクを2回である。

本人曰く、「倒された」「外れた」「パンクした」のであり、自分がどうこうしたわけではない。不可避の「事故」で、正しく不可抗力だと・・・

しかし、走行距離も頻度も彼女より上の私が、このような不可避な事故にほとんど遭遇していないのはナゼか?

理屈が立たないのである。

会社の同僚からも似たような話を聞いたことがある。

女性というのはこんなものだろうか?

最近では女性ライダーも増えているし、夫婦でロードを楽しんでいるケースも珍しくない。

そんな人たちも、我が相方と同じなのか?

お父さんたちは腹の中の思いをこらえて、黙々と修理しているのだろうか?

一度聞いてみたいものだ。

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2012年5月 4日 (金)

山歩き(15)~金時山

GW前半、どこの山に行こうかと調べていると、御岳、高尾、大山と来たら、次は金時だろうと言うことになり、確たる根拠もないまま次の山行は金時山に決定。

一昨年の秋、まだトレッキングの「ト」の字もわかっていない頃、大雄山側から明神ヶ岳に登り山頂から拝んだ山だ。
その時「この尾根を伝っていけば金時山か」と思いつつも時間の関係で宮城野方面へ下山したのだった。

今回は、ならばその尾根伝いも制覇しようと言うことで、金時山~明神ヶ岳~明星ヶ岳~宮城野というコースを考えた。
明神ヶ岳から明星ヶ岳まで足を伸ばすのは、明神ヶ岳から下山するとなると前回と同じルートを歩くことになり、単にそりゃつまらないだろうと考えたからだ。

さて、そこで問題は金時山へのアプローチである。
いくつかのルートがあるが、前日に静岡へ出かける用事もあったので、御殿場線足柄駅をスタート地点として、足柄峠経由で山頂を目指すことにした。

当日は5時半起床。8時半に足柄駅到着。ここも鄙びた感じの駅だ。

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駅前には早速金太郎が登場する。

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線路を渡り、最初の分岐を左手へ。地図上では右手が「足柄古道」なのだが、これが何故か車道である。左手は集落に入る道で農道のよう。

朝も早いせいか、里山の風情の集落内は鳥たちの大合唱。
ほどなく道は山に入っていくが、林道のような道に入った途端、周囲の風景と一線を画すように手入れされた一画に出くわす。
「嶽之下宮奥宮」とある。

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池、そして朱塗りの太鼓橋、曰くありげな注連縄を巻いた巨岩、その脇には大黒天と恵比寿、そして滝まである。

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調べてみると、ここは南北朝時代の古戦場で「箱根竹之下の合戦」で知られる場所。足利尊氏と後醍醐天皇の運命を分けた場所でもある。
ついでに、「大黒天と恵比寿」ではなく、大国主命(右)と事代主神(左)だそうだ。紛らわしいなぁ・・・。軽くお参りして歩を先に進める。

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「頼光対面の滝」「銚子ヶ渕」などの史跡を見ながら、ほどなく車道と合流。これは駅で右方向へ分岐していた道だ。

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この舗装路をしばらく行くと「水飲沢」と呼ばれる、いにしえの水場。この先の左手に再び古道の入口が姿を現す。

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「赤坂古道」というらしい。入口には馬頭観音が祀られている。

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風情のある古道を進むといったん車道を横切る形になるが、さらに登っていくと再び車道に突き当たり、正面に芭蕉の句碑を見て右に折れる。ここから足柄峠までは車道だ。八地蔵、六地蔵、礫石などを見ながら登って行けば、比較的すぐ峠に到着する。

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ここにはかつて足柄城があり、その城址が園地となっていて眺めもよく開放感があって気持ちがよい。標高739m、ここからの富士山の眺めは見事で、裾野まで見渡せる。残念ながら曇りで冨士の姿も霞んでいたが・・・。

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足柄城そのものは、北条氏が城主だったことはわかっているが、築城時期や築城者は不明。一般的な山城と異なり、純粋な軍事目的のみで築城、利用されていた、つまり居住や長期籠城を意識したものではないらしい。城というより「砦」と言った方が近いかもしれない。

ここは奈良時代は箱根越えの要所だったそうだ。その後箱根の裏街道として利用されていたと言う。

少々時間が押していたので、南へ延びる尾根に入る。残念ながら30分ほど林道を歩く。
林道の終点にはかなり大きな駐車スペースがあって、そこが埋まるくらいの車が既に停められていた。多くの人がここまでクルマで来るのだろうが、こんな奧までクルマを乗り入れさせる必然性がわからない。せめて峠まででとどめるべきだ。

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クルマ止めのゲートを抜けると、そこからは広くて明るいハイキングコース。多少のアップダウンはあるものの、山桜を愛でながらのんびりした気分で歩くことができる。
桜は終わっているが山桜は旬。中には立派な巨木もあり華やかな雰囲気に包まれている。

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ベンチが設置された分岐点(夕日の滝分岐)、実は丸鉢山の山頂で、「猪鼻砦跡」の標識が立っている。金時山はかつて猪鼻嶽と呼ばれていたが、その名残がこんなところに残っているわけだ。

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足柄城が砦に近い存在だったことを考え合わせると、この当たり一帯が地形を利用した要塞だったことがうかがえて興味深い。

そこからさらに10分ほど歩くと、いきなり急坂が現れる。ハシゴと呼んでもよいようなアルミ製“階段”が設置されていて、これがまた「これでもか」というくらいの数でうんざり・・・

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ようやく頭上が開けて山頂に到着である。この前で鉞(まさかり)を担いで記念撮影・・・というのが定番らしい。

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この山頂が神奈川県と静岡県の県境となっているため、2つの茶屋は隣接しているにも関わらず神奈川と静岡に分かれている。

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山頂からは芦ノ湖方面が見渡せ、大涌谷も見ることができる。まさに鳥瞰図を見ているような景色だ。

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混雑とまでは行かないがやはり人は多い。昼食は山頂手前で済ませてきたので、何枚かの写真を撮って乙女峠へそそくさと出発。

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乙女峠は「峠」のイメージはなく、樹木に囲まれ眺望もない。「展望台」と書かれた台の上から、富士山がわずかに垣間見えだけ。茶屋もほとんど廃屋状態なので、長居は無用。

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さらに歩を進め「丸岳」に到着。大きな電波塔が目印だ。

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ここからの眺望がまた見事。芦ノ湖・大涌谷が見渡せ、後方は今登ってきた金時山、今から進む長尾峠から湖尻方面の小ピークが一望である。

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ベンチとテーブルがあるので、ここでいつものようにコーヒーを淹れて小休止。ここで既に15時を少し回っていたため、当初の計画ルートを変更し、長尾峠から下山することにした。

丸岳を出発、下り道の正面には駿河湾。遠く伊豆半島も見え、左手は神奈川県、右手は静岡県の景色を眺めながら歩ける贅沢な道だ。山肌に点在する山桜が斜面を彩っていてきれい。

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そうこうしているうちに芦ノ湖方面に猛烈な勢いで靄がかかり始めた。ふと振り返ると、金時山が消えている。コレはマズイと急ぎ足で長尾峠を目指す。

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幸い、途中で靄は晴れ、富士見台到着時には芦ノ湖も辛うじて見えていた。反対側は富士山がどーんと構えている。

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途中の山桜並木では花が散って、“ピンク色の登山道”になっていた。

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「長尾峠」は峠と言えど下ったところにある。「分岐」と言った方が正しいだろう。

120430_33 本来はここを直進だが、左に折れて下山開始。人より高い笹に囲まれた道を下る。曇っているせいもあるが、あまり気持ちの良いものではない。
登山道が切れた所で車道に出た。トンネルと廃屋となった売店がある。この道が何だか最初はわからなかったが、県道736である。ということは、トンネルの向こうは静岡県だ。
下山のルートを探すこと数分、廃屋の左手に降り口を発見、この看板をもっとわかりやすい場所に立ててくれたら時間をロスせずに済んだのに・・・

下り切った所でゴルフ場脇の舗装路とぶつかり、これを湖尻方面へ右に進む。
左手はずっとゴルフ場である。いかに広大かがわかるが、この狭い日本、ゴルフ場ほど土地資源の無駄使いはないだろう。
それにしても何の景観もなく、細い舗装路を延々と歩かなければならない。目指す湖尻水門まで、およそ40~50分。今回のルートでこのエリアは間違いなく最悪だ。

ようやく着いた湖尻水門。既に時計は18時を回っていた。

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今降りてきた丸岳。
金時山は靄にすっぽり包まれてしまっていた。

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ここから本日の宿までは10分ほど。
疲労困憊で温泉に浸かったら即就寝だった(笑)

翌日は公時神社~矢倉沢峠~明神ヶ岳~明星ヶ岳~宮城野の予定だったが、朝からの雨で中止。
どこにも寄らずホテルから御殿場に出て、御殿場線で帰還。
高速バスを御殿場で下車、そのバスターミナルで会社の人間に出くわすとは思わなかった・・・

距離:17.8km
最大標高差:883m
所要時間:9時間45分

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2012年5月 3日 (木)

はいさいFESTA 初日~成底ゆう子とイチャリバーズ

いずれこの雨も止むだろうと思って、毎年恒例の『はいさいFESTA』に行って来た。
結局霧雨は止むことはなかったのだが・・・

お目当ては野外フリーライブだけだったのだが、昨年あたりから規模が縮小傾向にあるような気がするが、実際はどうだろうか?
出し物として、特産品の出店やエイサー実演、その他体験型のイベントもあるし、有料のコンサートもある。
こうやって書き並べると例年通りなのだが、3年ほど前の勢いが感じられない。やはり「コレ!」という目玉がないせいだろうか・・・

さて、そんなことはともかく、今回の野外ライブは「成底(なりそこ)ゆう子」と「イチャリバーズ」である。

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成底ゆう子は名前を聞いたことがある程度だったので、どんな歌なのかを知りたかったのだが、意外(失礼)にも歌詞が心に響くと言うかグッと来る。
反面、『ダイナミック琉球』はオリオンビールのCMに使われそうな勇壮な曲。こちらもお薦めである。
音大出身、オペラ歌手を目指しただけあって、その歌唱力はゆるぎない。

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即、CDを購入してしまった。彼女のサイン入り(+握手付き)(笑)

さて、時間を置いて登場は、ご存知「イチャリバーズ」である。

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もう、歌も曲も関係ない!Voのシーサーの強烈なキャラで会場は一気にお祭りムード。
踊り、笑い、実に表情豊かで騒がしく(笑)、本当にいつ見ても楽しいステージだ。

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いつかはライブに行ってみたいのだが、なかなか機会に恵まれないでいる。
今年こそは・・・

正直なところ、このライブ以外にイベント自体に用事もなく、イチャリバーズが終わった時点で早々に引き上げた。

そして向かった先は、AIのライブだった・・・

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やっぱりAIはサイコーだ! AI Independent Tour 2012

120503_ai 小雨の中、横浜の県民ホールまでAIの『Independent Tour 2012』に行って来た。
開場前から長蛇の列、小雨が降るのに、である。

それはともかく、デビュー10周年コンサートとは趣がだいぶ違い、新旧織り交ぜたご機嫌なナンバーを歌い切った。

オープニングはJanet Jackonを意識したような衣装にダンス。
合間に、Michael Jackson、whitney Houston、Chaka Khanのカバーを披露するなど、演出も凝っていた。

特筆すべきはバックバンド。
ドラムス、キーボード(2)、ベース、ギターにバックコーラス(3)と総勢8人のシンプルな構成に、ダンサー3人。
日本人はコーラスとギターの2人だけであとは全員黒人である。
徹頭徹尾、“ブラック”に拘った様が見て取れた。おまけに彼らがまた抜群のテクニシャン。
10周年の時はコラボの相手の関係で、ほとんどがHip-Hopだったから、AI本来の“Soul”を見せたとも言える。

それにしても、普段はあまり見たことがないが、今回は彼女自身がけっこう踊っていて、その踊りがまた巧い(ま、当たり前だが・・・)。と言ってもガツガツ踊るのではなく、できるけど軽めにといった風。さすがである。

抜群の歌唱力、飾らないキャラクター、彼女の魅力が存分に味わえた。

アンコールも「第2部か?」というくらいタップリ。2時間半はあっという間だった。
いや~実にヨカッタ。

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2012年5月 2日 (水)

今年初の沖縄は雨、曇り、豪雨

“潮切れ”の症状が出たので、4月下旬に2泊3日のショートトリップで沖縄へ。
例年だと1月か2月に訪沖しているが、今年は少々遅めで今回が初。

昨年の夏以来、耳の不調で潜っていなかったので、リハビリのつもりで馴染みのガイドにお願いして浅場のみ。

しかし初日からずっと雨or曇天・・・
空港はそれなりに賑わっていたけど、それなりに気合いを入れて沖縄旅行に臨んだ人たちはさぞや落胆したことだろう。
これまでの沖縄旅行で台風直撃なんてことも数回あったので、雨くらいでは落胆もしないが(海に潜れば関係ないし)、さすがに到着日の雨足はその気も削ぐほどの勢い。
そこでダイビングを急遽中止して、『恩納のえき なかゆくい』へ行き、フーチバーそばを食べて腹ごしらえ。
その後、読谷村の『やちむんの里』へ。
やちむんの里ではペアのビアマグを購入。最近結婚した後輩への贈り物。
結局今回も、ガラスではなく陶器になってしまった。

いったんホテルにチェックイン、今回の宿は「みゆきビーチ」。単純に「安いから」というだけで選択。
このホテルは修学旅行の宿として使われるので、ある程度覚悟はしていたが、今回は見事にビンゴ。修学旅行とぶつかってしまった。まぁ時間をずらせばそれほど気にはならないが・・・。
夕食はサンマリーナホテルまで出かけて、ディナービュッフェを楽しんだ。しかし値段のわりには大したことはない。

翌日、朝食は宿のビュッフェだったが、メニューが非常に貧弱。こういうところに価格の差が出る。朝食付きで破格のツアーだから仕方あるまい。

さてさて、沖縄本島でいつも一緒に潜るガイドは超マニアックで、潜る場所も探す生物も毎回感心させられる、でも沖縄になれていない人だと目が点になるような・・・(笑)
今回も他のショップでは絶対に行かないようなポイント。
水深10mにも満たない場所でじっくり生物観察。

耳の調子を見ながら、ゆっくりとビーチからエントリー。

◆主な見た生物
ハナオコゼ、ウミウシカクレエビ、カイメンカクレエビ、オクヨウジ、コシオリエビ、ウミテング、サカサクラゲ、ハナガサクラゲ、トウアカクマノミ、イッポンテグリ、カエルアンコウ(白色個体)、ヒメイカなど

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貝の中に隠れるハナオコゼ。これでもオコゼ。

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ナマコに貼り付いているウミウシカクレエビ。「ナマコカクレエビ」ではないのだ。

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オクヨウジウオ。これまた小さい。

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コシオリエビ。名前の通り、腰が折れている(笑)

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ウミテング。これもなかなかのレアもの。6年ほど前の大瀬崎以来だ。

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サカサクラゲ。その名の通り(笑)

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トウアカクマノミ。下部に見えるのが卵。この時期、卵を守ろうとして滅法気が荒くなっている(笑)

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カイメンカクレエビ。お初。

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ハナガサクラゲ。強い毒を持つ。

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カエルアンコウの白色個体。これまたかなり小さい。

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イッポンテグリ 。3年前のレッドビーチ以来だな。

天気は曇天&小雨で終始悪かったけれど、マニアックなダイビングを目いっぱい楽しむことができた。

雨さえ降っていなければ、宜野湾で開催予定だった『海炎祭』の花火を見るつもりだったが、これも中止。
夜には豪雨、ワイパーを最速にしても前が見えなくなるほどの激しい雨だった。これでは止むを得ない。

最終日も朝から雨。
ゆっくり準備をして、北谷のイオンでお土産を買い、その足で空港に向かった。
今回は戦跡巡りもせず、気の利いたカフェを探すでもなく、リハビリ・ダイビングのみのショートトリップとなった。

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