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2013年1月29日 (火)

体罰の大安売り

しかしまぁ、後から後から似たような事案が出てくるものだ。

今更ながら、教育現場の腐敗ぶりにうんざりする。

「体罰」という単語でがたがた騒ぎすぎだろう。

ルール違反をしたら、教室の秩序を乱したら、コツンとやられるのは当たり前だ。

今回問題になっているのは、体罰なんてものじゃない。“リンチ”“暴行”である。

体罰の定義もあやふやに、「コツン」も人を死に追いやるようなものも、全部まとめて「体罰」にしてしまうから、余計にこまっしゃくれた餓鬼どもとバカ親たちが図に乗るのだ。

本来、体罰自体に痛みは伴わないはず(多少はあるだろうが「いてっ!」のレベルだ)。

人間一人を死に追い込む、顔が腫れる、痣ができる、なんてのは、明らかにリンチだ。

学校であろうがなかろうが、傷害罪で処罰すべきこと。

それを「学校」と言う閉鎖社会で相互隠蔽の体質が、履き違えた特権意識を醸成しているに過ぎない。

そんなことより、今回の当事者は、人を殺したという事実をもっと真摯にとらえるべきじゃなかろうか?

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コメント

「なんで人を殴るのか」と問えば、「態度が悪いからだ」と答える。
相手が服従の態度を示さないところが、気に入らないのであろう。
当人は、やけっぱちになっている。

日本語には、階称 (言葉づかい) というものがある。
上と見るか、下と見るかの判断を迫る日本語を使えば、モノの上下に関する判断は常について回る。
この上下感が日本人の判断を狂わせている。

「下におれ、下におれ」の掛け声は、昔から続いた為政者の要求である。
理屈はない。ただ、指導者の要求のみがある。
世俗の上下制度が唯一の頼りとなっている。
「がんばって」の掛け声のようなものか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

投稿: noga | 2013年1月29日 (火) 21時56分

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